2015年5月23日土曜日

【とにかく冷や汗ものですよ・・・】新世代MR講座~ワカモノ編~第8回 2010年4月号

  インタビューに値段が付くわけ?

 MRってのは何が本業なんだっけ・・・?と営業車に引き揚げていく高槻くんは、やりきれなさと情けなさが手をつなぎながら自分の前を歩いていくような、どうしようもない無念さを感じていた。

 向井所長との事前準備では、新製品プロモーションで必要な薬理学事項や既存品との効能比較、競合品との差異について綿密な質疑応答を行っておいたのだけれど、とにかく今日の先生は普段よりも反応が鋭かった。週末のゴルフだって地域医師会の宴席だって嫌がらずに参加して、それなりのコネクションが構築できているはずなのに、この有料制インタビューに対しては「録音するんなら、ちゃんと喋るからね」の一言で始まって、恐ろしく本気で迫力があった。
 じゃあ、いつも面会で和やかに話し込んでいるのは、どういう考えによるのかなあ・・・。ただの気分転換?

 インタビュー中、とくに困ったのは本社の医療情報部門が作成した“合剤と2剤併用について、先生の使い分け方法をお教えください”というもので、冷静に考えてみれば質問内容が大まか過ぎる上に、「じゃあ作って世の中に売りまくる側の、おたくではどう考えているわけ?」と逆質問されてしまい、自分の狭い知識があらわになってしまった箇所だ。

 高槻個人の意見が、会社の意見と常に一致するとは限らない。
「こんなに成分を合体させた薬ばかり次々と発売して新薬と同じ扱いなの?」なんて、本部が宣伝に日々熱中している社内ではヤバすぎて言えない意見だし・・・。

 おまけに、先生が大学院時代に研究していたテーマと一部かぶっていたのが運の尽きで、社内資料に無いことまでたくさん喋られてしまい、分子レベルの略語は全然聞き取れなかった。
 ああいうのって、先生たちだとショートカット・メニューみたいに常識なのかなあ。やばい、俺の仕事ってこんなに難しい段階に入ったのか、と次の訪問先で出待ちをしながらすっかり凹んでいる高槻MRであった。

 「今日はいつもの元気さがないねえ、どうしたの?」
 当社では新しいMR業務として、医師への“有料制インタビュー”が始まったばかりで、慣れていないのでストレスが凄いんですと正直に答えると、副部長は太陽が西から昇ったのを目撃したかのようなキョトンとした顔つきになり、その後ガハハっと豪快に笑い出した。
 「そうか、アイデアとしては面白いなあ。でもそんな活動をして、本当にくすり屋さんの利益になるわけ?医者が普通にMRと喋ってお金をもらうなんて、俺には理解できないけど。そもそも医者がくすり屋さんと出会うのは、ボランティア活動と一緒なんだ。こちらは、一銭ももらっていないんだから。」

接待では綺麗どころの川悦先輩の近くに座りたがるくせに・・・と内心、小さな怒りが燃えたものの、そこは現場経験で瞬時に揉み消した。
数カ所の担当施設でインタビュー契約を締結し始めた段階で、この辺りの医師たちには広報していない業務改変なのだから、ムキになってその意義を説明しようとしても無駄だろう。
「これまでとは違う、生きた医薬品情報の収集を試みているんです」と高槻くんは会社が新たに目指している方向性を伝え直した。

 既存の概念を飛び越えるには、それなりの困難さも抱えなきゃいけないんだろうな。
 高給取りの割には頭脳労働からほど遠い単純業務に追われ、他職種の友人たちにイマイチ自慢できない働き方には自己矛盾を感じてきたわけで。

 せっかく懸命に勉強してきたのだから真剣勝負がしたい、と願ってきた自分には“聞き手役”としての能力を磨くチャンスなんだ。なにせ、このインタビューには医師を拘束する時間に応じた経費を会社が支払っている。時間潰しの無駄な雑談ではなく、本題から医師へ一気に切り込むプロフェッショナルか。
 最初からくじけちゃいけない、と気合いを入れ直す高槻くんは、もっと質問のポイントを絞って、まだ知らない臨床面も下調べしようと思い始めたのであった。





 
聞くことと提案すること

 今月のオジサマ編に具体的な業務イメージを説明していますが、私は医師との有料制インタビュー導入を独自に考案し、提唱中です。
 すでに何カ所かで意見を伺って実地での感触を確認しているのですが「改善の理念にはだいたい同意しますが、本当に上手く実現できるのですか?」というのがMRたちの共通した反応です。
 医師にしてみても「あえてMRと有料で面談する意義が分からない」というのが現時点で大勢を占めていることでしょう。
 だからこそ、大胆に変えなければいけない。とくにMRのスキル差を明らかにする手段のひとつとして、医師との面談を“公式営業記録のインタビュー”へと昇華させていくことを考えていくべきなのです。

 そもそも医師がMRに対して抱く印象は、非常に漠然としたものになりやすい。医療機関内でコメディカルとして昼夜に協働するわけでもなく、外部から登場して外部へと去っていくのが、医師にとってのMRという存在です。

 医師はMRとの接し方に主導権を握っていますので、あくまでも医師の一存でMRの面会成果が左右されてしまう。来訪したMRと真面目に会話することも、適当にあしらうことも大部分は医師側の場当たり的な都合で決められてしまうわけです。

 ところが会社の規模に関わらず、真摯な態度で勉強熱心なMRほど、こういったどうしようもない非科学性についてMR側の資質が原因だと勘違いしてしまい、スキルアップを目指す中で不意に行き詰まるというワカモノ世代にとって望ましくない苦境に陥ります。

 逆に医師の世界に土足で踏み込むようないい加減さを何年も積み重ねてきた中高年MRのほうが、場慣れを生かして上手く物事をこなせてしまったりもする。
 でも、それをMRとしてのスキル差と表現するには、あまりにも古臭く合理性に乏しい尺度ではないでしょうか?つまりMRにとって、現状で繰り広げられている面会の非科学性を合理的な段階へと上級化することは、ワークの改変の中でも大きな意義を持つのです。

 さらに、医師からの真剣な回答を医学的にも正確に理解して、次の営業活動へとフィードバックすることは、MRは診療現場に出ていないので予想外に難しいはず。
 一人の臨床医として世の中に存在している私にとっても、すぐに意味が理解できない医学的事項は膨大です。毎日のように有名文献を読みあさっていたとしても、目の前の診療行為にきちんと反映させられない場合や、知識不足から診断が遠回りになってしまうなどの猛省が続きます。

 しかも人間は勉強しないと、徐々に高次頭脳が衰えていく生き物です。自社製品を診療に使用している医師たちからのインタビューを録る中では、医師側の苦労や診療面での葛藤を積極的に聞き出して、それらをMRへの好影響として受け止める強い姿勢も欠かせません。ずばりと医師ニーズに見合った提案というのは、医師と本気で対談しながら少しずつ可能になっていくスキルでしょう。
 今までのMR向け各営業理論というのは、“医師がMRと真剣に対話してくれる(せざるを得ない)”以前の、個別事例での取り入り方・ウケ方・印象度アップに終始し過ぎています。だから、高学歴者が多いわりにはMRの現状が変わらない。卑屈な姿と見られてしまう原因です。

  有料制インタビューは改変の第一段階

 誇れるワークに、仕事内容の底上げ。
「皆が揃って目指す訳じゃない」という冷めた意見も出るでしょう。今までの営業方法で困っていない、十分な給料はもらえるし自社製品は順次売れていくので「危機感は、たいしてございません」というMRを、頭ごなしに否定するわけではありません。

 私の提案は、どちらかといえば上級ランクに進歩するための意欲は持っているのにこれまでは最善の突破方法が分からなかった、というヤル気のあるMRに適するワーク改変でしょう。
営業活動の公式記録化、分析、社内での情報共有化というMR活動のオープン化は、結果的に個々人の不得意分野も明らかにするわけです。
もう何でもバッチリ完璧です、というMR以外は、医師とのインタビュー録音を社内で仲間に聞かれてしまうことに当初は戸惑うでしょうし、これまでならば内緒に出来たような大恥を社内でかくかもしれません。
けれどもMR活動の質を磨き上げていけば、ワークの効率化を単なる時間的無駄の削減だけでなく、医師とのディベート能力をそれぞれが社内へと公平に周知させられる。新たな現状打開策になると、私は思っています。
つまるところ、これまでのMR活動はIT化の割に仕事の本質がアナログ過ぎて関連する曖昧さを排除できず、非公式試合のような面談が全国各地で多数を占め、そこに合理的な戦略変更を持ち込める土台が未完成のままなのです。となれば、まずは崩れない強度を持った土台を築きなおして、何十年でも伸びていく専門キャリアを持ちうるような確固たる営業システムを整備する必要があるでしょう。


さらに医師たちがMRをお客様扱いせず、それなりの時間をあててインタビューへと前向きに参加してきた場合、両者の関係性は既存の馴れ合いにとらわれない段階へと変貌を遂げていきます。
インタビューの指定時間をお互いに守ろうとするだけでも、医師はMRに向ける視線を変え始め、回答内容にも発言した責任を持つようになる。MRが持つ専門知識に感化される場合だってあるでしょうし、共通の疑問を協調して解決するという、これまでのMR活動では望み薄なままの、深い関わりが生まれるかもしれません。

MRにも医師にも双方向性のノウハウが蓄積することで、雑談や遊興、接待といった部分に費やすお金は実はもったいないのだという、きちんとした認識が広まっていく。未来あるワカモノMRたちの職業人生を変えるスタート地点になることを、私はこの有料制インタビューに期待しています。 

【有料制インタビューの導入】 新世代MR講座~オジサマ編~ 第8回 2010年4月号

<予想以上の厳しさ>
 あくまでも試行期間だからと、成功率が高そうな中堅MRたちを自ら選んで有料制インタビューに参加させた向井所長は、その惨憺たる結果に目を覆うばかりであった。
 
 まだ社内でも手探りの段階なので多少の失敗は許容すべきであるし、この録音だけでMRの質を論じてはいけないのだけれど、彼らが馴染みの医師とさえ専門的には“対話できない”と判明すると本当にがっかりする。普段の所長同行で重点的に指導しているつもりでも、プロパー意識が残る中高年からの指導は、こういった若者たちの職業意識にまで届いていないらしい。

 「たぶん、私たちが研修で習ってきているスキルとはまったく別次元のことなのかもしれません・・・。」
 いつもの覇気が失せてしまった川悦さんは、在宅勤務MRが作成したインタビュー報告書をぼんやりと見つめながら、力なく答えた。今回のプロジェクトは最初に開業医から実践していくため、地域医師会で評判が高い川悦さんは自信満々であったのだが、本社の医療情報部門から指定された質問に加えて、営業所内で独自作成した質問、そして川悦さんが作成した質問と続けていく途中では、医師からの返答に窮する場面が目立つ。
 ICレコーダーはその場の気まずさまでも鮮明に録音しており、美人で名高い川悦さんのプライドを深く傷つけるのであった。

確かに、あの温厚な老先生がこんなに細かい薬理学的な事項をこだわって聞き返してくると、事前の準備が間に合わないな。
『おい、それは2年前のLancetに載った発表だし、最近も頻繁に引用されているだろう。』
川悦さんが答えられない箇所では、まるで部下相手に話しているように口調がきつい。
報告書を読むと、医師が用いた医療略語を勘違いしたり、薬剤名を別の製品と取り違えたりと細かいミスが目立つ。もちろん、それなりに上手くインタビューできている範囲もあるが、老先生が配慮してくれたのかもしれない。あとでもう1回、録音を聞き返す必要がありそうだ。

 『まあ、やよいくん、悪く思わんでくれよ。こちらもタダで喋っているわけじゃないからね、医師としての知識をキミにぶつけてみただけだ。それにしても、おたくの会社も変わったことを思いついたもんだな。』
 録音の最後に老先生が豪快に話している場面で、ようやく川悦さんは少し微笑んだ。「私、これまでもMRとしての勉強を続けてきたつもりなんですけど、先生たちが面会中に手抜きをしているんじゃないかって、いつも気になってたんです。だってMRが面会しても、先生たちには一銭も入らないじゃないですか。廊下で素っ気なくって、接待で賑やかに喜んでいるだけの先生もいるし。でも、このインタビュー中の先生たちは本気で凄い迫力があるし、こちらの曖昧さを許してくれないし、何より話がそれぞれ違っていて驚くんです。」

 昨日は高槻が真っ青な顔をして帰ってくるし、普段のMR活動とは異質のインタビュー録りを並行するというのは、職業意識を変革する良いきっかけなのかもしれない。
 「俺もこんな鋭い質問を返されたら、その場で撃沈だな。」
 来週から有料制インタビューに参加する予定の桜田マネージャーは、いつにも増して真剣な表情で分析会に参加していた。MRが専門性の高い医療情報職として医師を黙らせる水準に到達するには、こういう膝をつき合わせた真剣勝負が欠かせないのか、と少しずつ意義を理解し始めた4月であった。





<双方に欠けてきた機会>
 MRとの面会中、「高度で洗練された会話内容に、全くついていけなかった」経験をしている医師はごく少数でしょう。部分的に医師でも理解しきれていない知識を除けば、やはり医療職として日々を送っている私たちのほうが、MRよりも多種多様で生きた経験を積んでいます。
 つまり医薬情報について文献ベースで勝ることはあっても、MRは医師に対して常に不利な立場に置かれている。「くすり屋さんに多くを期待するのも無理だし・・・」という医師のありがちで無関心な態度も手伝って、MRたちは医師が本気で面談にのぞむ場面から遠巻きに過ごしてきているわけです。
 医学部教育は、医療サービスの観点から“患者への接遇態度”を重視するようになった割に、“MRといかに協働するか?”には依然として無関心なままです。両者の関係性にはベタな接待や馴れ合いといったプロパー時代から続くものとは別に、双方が高度な専門性を公式試合のように照会しあう場面も必要だと私は思うのです。

 何より、専門も経験年数も勤務形態も異なる医師たちが、そろってMRとの面会に本気になる仕掛け作りが望まれます。しかもMRにとって、業務内で最も厳しい場面。
 私が提唱するのはワーク部分の具体的な改変を狙った、『MRによる医師への有料制インタビュー導入』です。頭脳を駆使せざるを得ない時間を業務内に作り出すことで、MRを厳しく鍛える意味合いも含んでいます。

 この仕掛けでは第三者的に契約を仲介する組織を創設して、参加する各社が平等に参画できることが重要です。
 製薬・医療機器企業側にも、医師や医療法人側にも強制力はなく、契約については任意参加とし、実際の情報ニーズに合わなければ更新時に任意脱退で構わないという仕組みです。医師とは月数回の契約を確保し、1回あたり1520分間のインタビュー料として数千円の報酬が発生するようにし、これを所得としてどう振り分けるかは勤務先と書面で契約しておく。開業医であれば、事業所得にできるでしょう。

 医師としての専門性に対して診療外報酬を得るわけで、接待もどきの不正競争を防止するため、誰がどの期間にどの企業とインタビュー契約をしているかは他社からも閲覧可能にします。さらに医師側からも企業側からも、次期インタビュー期間の更新については数ヶ月ごとの入札制にすることで、それぞれが希望するインタビュー内容が明確となります。
 例えば、新薬のプロモーションを狙うための地域情報収集なのか、長期収載品のプレゼンテーションなのかも質疑応答の中で明確に出来ます。単なる面会アポイント獲得ではなく、公式の営業記録としてのインタビューになります。
 録音には守秘義務も発生しますので、雑談レベルでの対話ばかり日々繰り返して営業日報を書いているMRにとっては、冷や汗で目が覚める良い機会になるでしょう。質問事項には各社のノウハウも蓄積していきます。

<公平で客観的な業務評価>
 高度な医療インタビューを構築する中で重要なのは、医師との質疑応答がきちんと全て録音されていて、しかも社内で客観的に分析された報告書が付き、現場MRが上司と一緒にインタビュー成果を自力で検討できるシステムです。これは社内の営業データベース作成の基礎になります。

 本社側の指定として「当社製品はどういった患者に適していると考えるか?」と各MRが担当医師に質問しても、実際の返答はあらゆるバリエーションを伴うでしょう。学術的に浅いイエスかノーかの閉じた質問を繰り返さないようにすれば、MRは担当施設の医師がどのように自社製品を捉えているかを知り、しかも随意聞き返せる権利を持ちます。紙と同等の単純なアンケート録りではなく、録音を伴うマスコミ取材を思い浮かべていただくと良いでしょう。
 医師にしても「先生の専門分野に関わる内容で、当社からご質問させてください」とMRから依頼されることに大きな違和感は生じません。臨床を離れている研究部門の医師であっても、この有料制インタビューは適応できます。本社側からも、医師から直接収集したインタビュー内容は外部機関に委託したデータよりも精度が高く、しかも全国で勤務している現場MRたちの質を確認するには好都合です。

 さらに既存の人事評価制度や営業成績では示されない、MR個人の業務適性も明らかにできるはずです。資格としては医薬品情報のプロフェッショナルなのに、井戸端会議的な面会を場当たり的にこなしてきたMRでは、営業成績の割にインタビュー内容が疎だと分かったり、逆に売れないMRが素晴らしい録音を次々とこなしたりもするでしょう。
 
 “そもそもMRとは医療の中で何をすべき仕事なのか?”という皆さんのモヤモヤした疑問は、面会時に医師側の本気を引き出す場面を作り出すことで、一気に解決の方向へと向かうのはないでしょうか?医師からの視線も、専門的な事項を適切に解説できるMRと面談していくことで、大きく見直されるはずです。

 新しい有料制インタビューを運用する上では、データ整理を補助する業務体制の確立や地域事情に合わせた諸調整も必要ですし、私が想定している以上の困難も生じていきます。でも現状から一向に発展しないMR活動を今後も放置して、MRたちの人生を輝かないままにしておくのならば、私の唐突なアイデアを実行してみる勇気も必要でしょう。

 

2015年2月8日日曜日

【プライベートだって充実したい(後編)】新世代MR講座~ワカモノ編~ 第7回 2010年3月

◎頭脳労働の質向上を

 昨夜の天気予報を見て冷え込みが厳しい3月の朝になるとは覚悟していたけれど、まさか車内エアコンの結露がドアを凍らせるなんて予想もできなかった。
 リモコンで解錠した運転席のドアはがっちりとボディに貼りついてしまい、芯まで冷えた手で引っ張ってもビクとも動かない。昨日の休憩時間に解氷スプレーを買っておくんだったなあ、と悔やむ高槻MR。

 10分以上、エアコンの温風を全開にしてもまだ凍っているドアをまじまじと眺め、もしや風下になるハッチバックの扉なら開くのか?と回り込んでノブを引いてみたら、あっけなくパカリと車内への道ができた。
 先週まで荷室で熟成中だった患者さん向け資材を、昨日に川悦先輩の車へと移動させていたので、レバーで後部座席を倒すと運転席へは意外とすんなりと到達できた。
 俺はクルマ泥棒じゃない、急いで病院に訪問したがっているMRという“営業の人”です、と小声で呟いてから、ようやく高槻くんは自宅を出発できた。

 小学校低学年の頃、東北地方の祖父母宅へ正月に帰省していると夜は窓ガラスがスケートリンクみたいに凍りつき、客間から離れたトイレへの廊下は本当に寒くてコリゴリだと思っていたのに、現在の配属先は冬になればそれなりの降雪もある地域だ。
 次の転勤は来年春だろうし、いつかは路面凍結とは無縁な南国の営業所で働くのも良いなあ。うちの会社は合併後に繰り広げられた中高年MRのリストラと積極的な新卒採用の結果、営業人員全体が急速に若返っているそうだ。
 同期の中には医療過疎地で奮闘するのに疲れ果てて本社部門への異動願を出した人もいるらしく、地方の営業所に欠員が出れば“まだ元気な”MRが補充人員として送り込まれる。
会社員だから、不本意な人事異動でもあからさまに文句を言えないし。
でも、のんびりした田舎で年配の先生たちを相手にゆったりと濃密に働くのも悪くないアイデアだ。

「道路と営業車が凍ってて、午前中に全部を回りきれなかったって?例のアポイントは守ってきたんだろうな?」
 この悪天候ではどうしようもないかと、高槻くんの報告にちょっと困った表情を浮かべた向井所長は、会議室に勢揃いした部下たちの前で本題を切り出した。

「つまり、これまでの突撃訪問的な活動は並行して残されるものの、営業対象で重要な先生方については録音付きでインタビューさせてもらうという主旨だ。
 当然、社内の営業記録として正式に補完されるし、その録音内容については4月に育児休暇から復帰予定の女性2人が在宅で聴きおこして分析作業も行う。いわば、新しい業容の在宅勤務ということになる。
 医師の診療時間を占有するわけだからMRが行うインタビューには対価も発生するし、契約内容は第三者機関を介することで他社も閲覧できるそうだ。
日時とインタビュー時間も設定されている公式な面談なので、単なる挨拶訪問ではなく、質疑応答に全力を注がなければいけないな。事前の準備や移動時間のやりくり、報告の処理についてもかなり気を遣うことになる。
 真冬だからと言い訳できなくなるな、高槻!」

 苦笑いする高槻くん。
 そうか、じゃあ無駄な挨拶訪問と移動をしなくて済むなら、運転しながらイラつくことが減って仕事も早く終わるのかな。
 このプロジェクトは順次、全国展開していき、いずれはMRが主任務とする壮大な調査活動と医師データベース作成につながるらしい。地域ごとに差が目立つMR業務を質・量ともに全国統一する目的も兼ねていて、転勤時に前任者から引き継ぐ事項も大幅にリニューアルされるそうだ。
有料のドクター・インタビューだなんて、先生を毎月取材しにいく番記者みたいなもの?質問方法も社内で統一したり施設ごとのアレンジを加えたりと随時、創意工夫をしてみるとか。
 でも、何でこれがワーク・ライフ・バランス実現の必須項目なんだろう?
例えば、南国と東北でも同じ行動になるわけ?天気からして違うのになあと、いまいちピンとこないものの、昔夢見た“誇れる頭脳労働”を想像させる説明につい聞き入ってしまう高槻くんであった。

  ワークの路線変更

 “安定志向”と言っても、現在が古典並みに姿を変えないよう保存されていくのを好むのか、それとも少しばかりのマイナーな変化くらいは望んでいるのか、昨今のワカモノMRたちの心はひとつに決めかねるようです。
 物心がついた幼少期には過剰物欲のバブル景気がみじめに弾け飛び、右肩下がりの暗い時代情景のもとで堅実さと行き止まり感を挫折した大人たちからすり込まれて、現在のワカモノMRたちは大きく物事が動き変貌することに対しては臆病です。
「前例通りにやってね」と上司が何気なく依頼しても、その中で起きるちょっとした変化にドキリと一人で戸惑い驚いてしまう。既存の概念を己なりに飛び越えていき、常識以上の新しい価値を生み出すことに疎い。

 『MRという仕事がこれから何十年変わらなくても、皆さんは大丈夫ですか?』という私の問いかけに、確信犯的な返答をするワカモノMRが少ないことが本当に気がかりです。

 でも私は、暗くて狭い井戸の中で右往左往するよりも勇気をもって飛び出ていくほうが、混沌とした製薬・医療機器業界で今後生き残っていく上では重要だと思っています。つまりは変化に対して受動的で不安を抱えたまま何年も漫然と生きるのではなく、先達たちがまだ実現していない新しい業務形態にも挑んでみるべきでしょう。

 これまでも各企業で部分的なMR業務の改変は続けられてきていますが、いまだにMRの“業務コンセプトが大改革された”という認識を得る段階にまでは至っていません。

 希望に胸躍らせて就職したワカモノMRたちが、数ヶ月から数年で業界の旧態依然や長時間拘束、業務内容の硬直性に落胆し、次年度の転勤や本社異動を機会に“変わる”ことを密かに期待していたりします。
とくに現状のワーク内容がライフの自由さ、とくに女性MRの将来性を大部分奪っていることは憤激ものです。数年間を男性と同様に働いてきた彼女たちが休職したり辞めてしまうことは、残される男性MRたちにも嫌な負荷がかかってしまう。誰かが最初の波を起こして、皆で現状を変えていくべきなのです。

そこで最初に手をつけるべき改変は、これまでの業務概念を塗り替える“インタビュー”の創設だと私は訴えたい。あくまでも、皆さんが現状で行っている日々の業務に組み入れていくのだとご理解ください。





 
これからのMRは、聞き手であり提案者

 まだ勤続数年目の各社MRが院内でどのような言動をして、医師とのコミュニケーションを取っている場合に何が及第点なのかを検討してきた私は、施設訪問や製品説明会の中で“無駄な時間が多すぎる”と常々疑問に思っています。
 もちろん医師や施設側がMRの都合に合わせて出会う準備をする習慣はないので、きちんと皆さんが面談準備をしてきた場合でも上手く進行しない場合があり、基本的な移動に費やす時間や待ち時間などは急には削りにくい部分です。

 でも各施設で医師側から観察していると、会話の最初で「いきなり本題に入れる」ワカモノMRは大手企業を含めて意外と少ない。それも医師にとっての“本題”を冒頭から提示できるスキルを持ち合わせていない場合があります。
 頻繁に手渡しされる自社製品関係の地域講演会パンフレットについては、施設宛に郵送でもメールでも、医師へ“届ける”こと自体に差はないわけです。
 それを取っかかりにして医師が納得するような医療解説が自在にできるのならば構わないのですが、医師の多忙や聞く気のなさを理由に瞬時の渡しっぱなし(または置きっぱなし)になっていることが多々ある。
 次の訪問時に、医師へ置いていった説明パンフレットのことを忘れていたりしませんか?MRとしての断続的な訪問を実行していく上では、医師と出会っていない時間の意義を高めておかないとスキルの進歩が起きないのです。

 つまり、“医師を本気にさせる”あるいは“本題を中心に据えて会話をする”といった有能なMRとしてのスキルについては、「現場での経験と勘を磨け!」といった古くて発展性の乏しいMR指揮系統に委ねられているために、なかなか進化が起きない。
 これでは、担当施設の差異によって運不運が出てきて当然です。結果的には年単位で放置されていく営業合理性の欠如が、MRにとっては必要以上の多忙を招き、医療情報職としての挫折感を味わう主要因となり、ワーク内容を硬直化させてそれ以外のライフを圧迫している。MR自身が職能の成長度合いを実感しにくいのは、己のスキルを客観的かつ真剣勝負の場所で社内へと証明し、正確な評価を受ける機会が乏しいからでしょう。

 そしてプライベートの充実を狙う新しいMR業務コンセプトを作り出すには、システム的にMRの会話を“医療情報職としての専門的対話”へと高めていくべきです。
医師と仲良しだとか雑談で盛り上がる、というのは仕事においては付随部分であって、それがMRの良好な営業成績につながるのだと思い違いをしてはいけません。営業の世界で医師がMRに「売らせてあげよう」と安直な片思いをしてくれるわけではないのですから。


 専門的な対話を医療界の仕組みからはみ出さないように行うためには、マスメディア同様の取材活動を想定するのが、医師にとっては違和感が少ないと考えています。
皆さんが各施設の担当医師たちへ、医薬品や医療機器に関わる専門的なインタビューを録る目的でアポイントを持って赴くというイメージをお持ちください。
 惰性にまかせて、出たとこ勝負で施設を回ることは可能でも、公式な営業記録として医師のインタビューを録る場合、即興では不可能です。社内での方針、各営業所の考え方、個人の独自性を発揮するためには?など、このインタビュー活動において新規に創案すべき事項は多数あります。
 新しいMR業務システムを創り上げ、結果的には誇れるライフの尊重を狙いワーク・ライフ・バランスを実現するわけですが、すでにこの時点で既存の概念を飛び越えている感じがしませんか?もちろん、仕事の成果が今よりも底上げされることを目的にしています。次号では、インタビューの各論についてさらに解説していきます。

【ワーク・ライフ・バランスだって?(後編)】 新世代MR講座~オジサマ編~ 第7回 2010年3月号

<新展開の業務>
 今回のプロジェクトは慣れるまでが大変そうだな、と向井所長が机越しに話しかけると、「まったくもって同感ですよ」と桜田マネージャーは口をへの字に曲げて、困り果てた顔で首を左右に力なく振った。
 先日、本社営業本部で“新たなMR業務指針”が正式に策定されたのだが、これが相当に厄介な内容だと社内では話題になっており、しかも実践に移行するまでの追加研修や報告用書式の確認作業などは不慣れな分、面倒な手間がかかりそうだ。

 効率の悪い残業を抑制し、リストラによらないコスト削減策を巡って侃々諤々の議論が繰り広げられた結果、次年度の改善案には外部コンサルタントの意見も採用されることになった。
『当社における長時間残務の実態』という項では、“もはや現状のMR業務の部分的な変更だけでは、抜本的な改善につながらない”というありふれた文言に続いて、“当社は試験的ではあるものの、医師への有料制インタビュー活動をMR業務へ大胆に組み入れる(注:契約書面および費用については別紙参照)”と記載がある。
 医師への有料制インタビュー?
 別紙をめくると、そこには対象医師別の時間単価が5段階に示されている。

一体何のことやら?と当初は外部コンサルタントの説明を聞いた委員たちも呆気にとられていたのだが、このビジネスモデルを提唱した研修企画会社と数回のブリーフィングを経て合意に至り、我が社が国内製薬企業として最初の実践例となるらしい。
全都道府県で実行していく中での段階的な進展ステップというのも細かく規定されており、既存のMRプロモーション基準から逸脱しない範囲ながらも、ほとんど未知の道筋に近い。
「どうせ前例を踏襲するならば、もっと費用対効果が強烈なビジネスモデルを実行されたらいかがですか?」と、堅物の本部長たちが外部コンサルタントをつとめた宮本研医師から派手にけしかけられたという噂があるくらいだ。
これがMR業務の時間短縮と実務担当の再配置、さらにMRの資質向上とワーク・ライフ・バランス達成につながる新しい“業務コンセプト”だと指摘されても、一気に納得するのは難しいが。

ともあれ、午後の営業所内会議では出先から帰ってきたMRたちに今後の手順を説明するのだから、上司としては自信を持って言うしかないんだろう。
だいたい、昔は納入価にしたって医師への面会だって、そりゃ本人の力量次第で何とでもなったわけで、こんなに複雑な話じゃなかった。多くの製薬企業が医師へ節度に欠けた接待攻勢をかけていたのだって、当時の業界情勢を考えたら必要悪な面もあったわけだ。最近のMRが長時間勤務だと言っても、どこかの駐車場で都合良く居眠りしている連中だって少なくないし、若者たちのひ弱さと言ったら・・・と内心でひとしきり愚痴ってから、向井所長は思考回路を切り換えることにした。
“嘆く前に一歩でも進め”という大学時代の恩師が好んだ言葉を思い出し、小さいながらも責任を負った一国一城の主であることを再確認した。

「次年度に取り組む営業改革プロジェクトの概要はここまでだ。正直言って、私も初めての内容になるので皆と同じように戸惑っている。しかし、絶望しているわけでもない。時代が変われば、嘆いているよりも少しずつ前進することの方が大切なんだ。」
一瞬、きりっと静まりかえった会議室内に、これまでとは違う何かを感じた向井所長であった。





<逆算して考えていくと>
 MRは長時間勤務の激務である、という前提条件に苦笑いしたり不機嫌になったり、うなずいたり、今さら何を言い出すわけ?と当連載の読者にはそれぞれの反応が出てくるでしょう。
 「MR?ずっとやっていますが、超・楽勝ですよ!」という実在のMRにお会いしたことのない私は、連載や講演、新機軸のロールプレイ研修などを続けていくたび、“仕事=キツい=好まざることも我慢”という各職業の共通事項以外に、もっと“充実感と発展性が明確なMRスタイル”が他にあるのではないか?と自問自答してきました。

 講演の質疑応答で「これからのキャリアは?60歳で定年したとき、どんな仕事をしていますか?」という大まかな将来像を伺っても、他業種への転職も含めて明快な答えができないのは、MRたち本人の力不足ではなく現状が袋小路で次の展開が見えないからです。

 どこかに現状を解きほぐす手段はないのか?と考え続ける中で、私はある事実を見いだしました。
 昨年から独自に展開し始めた『MRが医師役を演じ、医師が患者役を演じる』方式の模擬診療ロールプレイの中で、白衣を着て医師っぽく病状説明をしてくれるMRたちが、10分間を演じるだけで「とにかく緊張しました・・・」と一様に同じ反応を見せるのです。

 MRの知識で演じなければいけない模擬医師としての受け答えが上手か下手かに関係なく、医師の立場を模擬で経験するだけで極度に緊張するというのです。私は医学部生時代から病院で多くの時間を過ごしてきたために、“医療現場は緊張する”という当然過ぎる事実を忘れかかっていました。疲れて夜中に眠くなっても医療現場は続いているので、何科でも診療医はストレスや緊張と常に付き合っていかざるを得ません。

つまり、“猛烈に緊張する”とか“この場面から嫌でも逃れられない”という医療における不可避の土壇場から、MRという職業は“疎遠過ぎた”と気がつきました。
通常の外来診療は生きるか死ぬかという厳しさからは縁遠いはずですが、単なる再診場面ですら未体験のMRたちには猛烈なストレスがかかる。異次元のプレッシャーが模擬診療ロールプレイの経験者にかかっていくという事実から、MRには医療界での厳しい場面、土壇場をもっと経験させていくことがスキル向上に重要だと私は確認しました。

では、診療実務に関わらないMRが頭脳を駆使しているときに“一番厳しい”と感じる業務場面は?と思い描くとき、それは医師との11面談であろうと考えました。
ありふれた製品説明会ではなく、机を挟んで価値ある対面インタビューをしている場面。しかも会話内容は廊下で交わす雑談レベルではなく、もっと診療や専門研究に踏み込んだ知識をぶつけ合う高度な医療インタビューとして。

<有料制インタビューによるスキル向上を>
医師という職業は研究面を含めて本当に多くの経験を積み重ねていくため、専門分野だけにとどまらない幅広い医療知識を有していることが普通です。
現行型のMRも得意先で診療知識を聞きかじるような細切れの経験はしているのですが、担当医師がMRに向かって本気で話し込んでくる緊迫した場面には恵まれていません。「先生たちと面会して本当に緊張するのは、月数回くらいですかね」というMRが医師と対等にやり合える、そして模擬医師になっても立派なロールプレイが可能だというレベルにまで達するとは思えません。

 MR個々人の問題ではなく、業界そのものが高度な医療会話が可能なMRをシステム全体で育てようとしてこなかった怠慢のツケです。

医療の素人である患者に病状説明できる医師水準と比較しても、MRが決して負けない知識とスキルを身につけていたとすれば、かけ声倒れの“患者さん目線”をもっと明確に具現化し、医師に理詰めで自社製品を説明し、診療手段を順序立てて提案できる新世代型のMRへと発展するでしょう。

MRが医師へ高度なインタビュー業務をどのように行うべきか、などについては次回以降に詳述していきます。
とにかく、MRは医師側からの“くすり屋さん”や“営業の人”という既存の認識から脱却しましょう。周到な準備に基づく企業体としての合理的なMR指揮系統を整備しながら、MRたちの情報収集・分析能力を徹底的に磨いていくのです。


ワークとライフを天秤にかけて、収入に関わるワークの割合を大きく減らすことはできないのは当然です。
では、そのワークの質や詳細について製薬・医療機器業界は限界まで考え込んできたのでしょうか?短時間勤務創設や育児支援など小手先の制度改革で行き詰まってしまい、“現状で我慢してね”的ないたたまれない状況を放置していませんか?

私は、医師への有料インタビュー制を現場MRに“録音必須”で担当させ、医師との面談内容を育児・介護休暇中のMRが自宅で詳細に分析して現場へとフィードバックし、管理職はこの情報をまとめ上げて部下を指揮し本社へ報告し、日々生きた情報収集を営業所単位でさえも可能にすることを新しく構想しています。
無駄時間を削り業務内容をグレードアップし、9時から17時勤務だけでも目覚ましい成果を上げる新世代MRを作ることが、考え得る最大のライフ尊重になると思うのです。

私が提唱するMRワークの具体的な改変によって、きっと実現可能だと信じています。